そして彼らは嵐になった
東京ドームへの夢のチケットが届いた今。
再会に向けたカウントダウンが始まった今。
チャレンジウィークも、『5×10 All the Best CLIPS』も、
まだまだ、十分観きれていませんが、
嵐さんのすばらしさを伝えてくれるあるメディアを基に、
あらためて、嵐さんへの感謝と祝福を![]()
嵐の軌跡を、大野さんの誕生から何からかにから、
インタビューを基に綴って下さっていた、
「ぴあEX」。
だいぶ前でしたが、
よれよれの状態になっている最後の1冊を手に入れました。
貴重なインタビュー記事”そして僕らは嵐になった”
嵐さんを称える見事な表現に感動してしまいまして、
いまさらながら、
本当にいまさらながら、
以下、大胆に引用させてもらってます![]()
まず目に飛び込んできた大野さんのソロショットと、
「今なら、喜んでくれるひとりのために歌えるし踊れる」
の言葉。
涙。
連日ステージに立っていた京都での経験。
わずかな観客の前で踊ったことも、よく語られることですね。
紛れもなく、その経験は大野さんの礎の一部。
はっきりとは言わないけれど、苦しかったでしょうね。
宙吊りになりながら泣いていたと言ってましたもんね。
それが糧となり、今の自分があることを自覚しつつ、
「魅せる」ことの意味を見出した、心からの言葉だと思います。
もちろん、私ごときがその頃の大野さんを語ることなど、
僭越さこのうえないことは、十分承知しております。。。
とにかく・・・
京都で、大野さんを観ていてくださった皆さん に、
心から感謝![]()
一方、翔くん。
環境的に、
芸能活動、とりわけJ事務所での活動に際し、
乗り越えるべき壁や苦悩が多かったことでしょう。
Jr.になっても・・・・・
「むしろ何も変えちゃいけなかった」13歳の翔くん。
涙。。。
「知的」「努力家」と称されるのは納得できます。
自分にできることは何かを考え、
前に広がる”道なき道”を見据え、
パイオニアとして、次々と切り拓いていく姿は、
実に眩しく刺激的![]()
話は少し戻って・・・
’80~’84年、’85~’89と、
5名の幼少から少年時代のエピソードが綴られています。
意外だったのは、
大野さんの初ライブ経験が高○正義さんだということ。
(ご家族に連れられていったのかな。)
音楽の絶えないお家であったことは周知のとおりですが、
お母さまのおなかにいるころには、
松○千春さんや野○五郎さんを聴いていたそうで、
大野さんの音感や美声も納得できるような気がします。
”スカートめくりばっかしてた”という大野さん![]()
かっわいいなぁ。
さらーに、目を疑ったのは、
”書道を習っていたのが小学2年から2年ほど”ってとこ。
「習うより慣れろ」いや、「好きこそものの上手なれ」・・・?
とにかく、この人の芸術的な才能がホンモノであることを
思い知らされます。
才能と、好きなこと、が合致したときのパワーの凄まじさ。
大野さんを観ているとよくわかりますね。
”相手の名前は忘れても顔や声は忘れないタイプ”ってば、
そう、その通り!!!
”都心でありながら、緑の多いところで育った”という翔くん。
(きれいな、ハイソな、あの辺りなのでしょうか。)
とりわけ、とっても温かい家族に囲まれて、
のびのびと育っていったであろう相葉ちゃん。
(幕張のお店に、ぜひ食べに行きたい。)
おじいちゃん待望の”跡継ぎ”だったニノちゃん。
(手先の器用さとお料理の腕は親譲りですね。)
メンバーの中では末っ子らしからぬ、末っ子松潤。
(とは言え、末っ子気質は見え隠れしますけどね)
まさに、
”大きな使命を担って関東平野のあちこちに生を受けた”5名。
勝手に、自分自身のその頃と重ねながら、
5名の寵児の生い立ちを楽しませてもらいました。
”見えない運命が5本の糸を1本へとたぐり始め”たのは、
大野さんが入所した’94年。
その後、順を追って4名が事務所入り。
大野さんも翔くんもニノも、
事務所を辞める気持ちだったのは周知の通り。
ノストラダムスさんの大予言を信じていた大宮![]()
ところが、この世の終わりなんてとんでもないことで、
このころまさに、
嵐結成へのカウントダウン真っ最中![]()
そして、まさかの、幻の3人編成の嵐!
ジャニさん、なんとか大野さんをデビューさせたくて、
ものすごく考えていたんでしょうね。
相葉ちゃんが加り5名となった、この運命の妙。
涙が出てしまうのはナゼでしょう![]()
奇跡とか、運命って言葉で片付けられないとは思うけど、
それでも、やっぱり、
この5人が合わさったこと、運命に思えて仕方がないです。
華々しいデビュー![]()
ファーストコンサート![]()
語りつくした夜![]()
レーベルの立ち上げ![]()
それぞれの活躍![]()
そして、
翔くんと大野さんが語る、’05年あたりの追憶。
後輩の追随(これは周りが思うこと)には、
「僕らのファンは変わらずにいてくれた。それが全て。」(翔くん)
「5人が楽しくやれてれば、誰に越されてもいいし、
越す・越さないってことにあんま興味がない」(大野さん)。
たしかに、”硬軟は異なれど”2人とも頼もしいし、
らしい!
みんなが好きな嵐は、こういうところですよね。
嵐がいてファンがいる。
ファンがいて嵐がある。
コアファンの思いをしっかりと受け止めた
嵐メンバーは精進し、
さらにファンは嵐を支える、この関係。
嵐とファンとのこの関係を、
”美しい循環”と表現してあります。
この記者さん、実にスバラシイ!
コアファンがとうに分かっていることを承知したうえで、
見事な表現でつづってくださっています。
(”今のところ”ってのが引っ掛かりますが・・・)
志は一緒の5人。
課せられたことに忠実でありながら、
一人ひとりがちゃんと考えて、
全力で「魅せる」!
そして、お互いを思いやっているから、
その美しさと輝きが増すんです♪
どうか、いつまでも、すてきな、5人でいてください。
”だらだら、粘ってやって”いってください。
これからも、”潔くない”
嵐さんとともに。
